複合災害予測技術の可能性:連動するリスクへの自治体向け対応策
複合化する災害リスクと予測の重要性
近年、異常気象の常態化や大規模地震の可能性など、様々な要因から単一の災害だけでなく、複数の災害が連続的あるいは同時に発生する「複合災害」のリスクが高まっています。例えば、大規模地震による津波や火災、豪雨による洪水とその後の土砂災害、あるいは台風による暴風・高潮・洪水など、一つの事象が引き金となって別の災害を引き起こすケースは少なくありません。
このような複合災害に対して、これまでの単一災害を想定した予測や対策だけでは十分に対応できない場面が出てきています。自治体の防災担当職員の皆様におかれましても、「次に何が起こるのか」「どのリスクが連鎖するのか」といった、より複雑な問いに対する予測情報の必要性を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本稿では、この複合災害リスクに対応するための「複合災害予測技術」に焦点を当て、その概要と自治体防災の実務への応用可能性について解説します。
複合災害予測技術とは
複合災害予測技術は、複数の災害事象の発生メカニズムや相互作用を同時に考慮し、その連鎖や複合的な影響を予測しようとするものです。単一の災害予測が特定の現象(例:河川水位、地震の揺れ)に着目するのに対し、複合予測は、例えば「この規模の地震が発生した場合、どの範囲で津波が発生し、その後の火災延焼はどうなるか」「この降雨量が続いた場合、河川氾濫と同時に土砂災害の危険性が高まるのはどの地域か」といった、複数のリスクの重なりや時間的な推移を捉えようとします。
この技術は、以下のような要素を組み合わせることで実現が図られています。
- 複数現象のモデル統合: 地震、津波、洪水、土砂災害、火災延焼など、異なる物理現象をシミュレーションするための複数のモデルを組み合わせ、連携させて計算を行います。
- 多様なデータの統合・分析: 気象データ、地形データ、地質データ、建物の構造データ、人口分布データなど、多様なデータを収集・統合し、分析に活用します。
- AI・機械学習の活用: 過去の複合災害事例やシミュレーション結果から、災害の連鎖パターンや脆弱性を学習し、予測精度を高める試みも行われています。
これにより、ある初期条件(例:想定される地震の震源・規模、予測される降雨量)から、時間の経過とともに複数の災害がどのように発生し、影響範囲がどのように広がっていくか、といった動的な予測が可能となります。
自治体防災への応用可能性とメリット
複合災害予測技術は、自治体の防災業務において、以下のような実務的な応用が期待できます。
- ハザードマップの高度化: 単一リスクだけでなく、複合的なリスクを考慮した多重ハザードマップの作成や、時間経過に伴うリスク変化を示す動的なマップ表示が可能になります。これにより、住民へのリスク周知がより正確かつ包括的に行えます。
- 避難計画・誘導の最適化: 複数の災害が同時進行する状況を予測することで、最も安全な避難経路や避難場所の選定、避難開始タイミングの判断を支援します。例えば、洪水発生と土砂災害危険度の高まりが予測される地域では、どちらのリスクを優先して避難を促すべきか、といった判断材料となります。
- 防災タイムラインの精緻化: ある事象(例:大雨特別警報発表)が発生した場合に、それに続く複数の災害(河川氾濫、内水氾濫、土砂災害など)が時間的にどのように連鎖するかを予測し、より現実的で効果的な行動計画(タイムライン)の策定に役立てることができます。
- 応急対策の事前準備: 予測される複合的な被害(例:道路寸断、ライフライン停止、建物損壊)を把握することで、事前に救援ルートの検討、物資の備蓄計画、連携機関との連携体制構築などをより効果的に行うことができます。
- 住民への情報提供の改善: 複雑な複合リスク情報を、住民が理解しやすい形で伝えるためのコンテンツ作成や、避難情報の発令判断基準の策定に活用できます。
これらの応用により、複合災害発生時においても、より的確な状況判断に基づいた、迅速かつ効果的な防災対応が可能となることが大きなメリットと言えます。
導入にあたっての考慮事項とハードル
複合災害予測技術の導入は、単一災害予測に比べていくつかのハードルが存在します。導入を検討する際には、以下の点を考慮する必要があります。
- データ収集・整備の複雑さ: 複数の異なる種類の災害予測に必要なデータを網羅的に収集し、形式を統一して整備する必要があります。これは、データの所在がバラバラであったり、整備状況が自治体によって異なったりする場合に大きな労力を伴う可能性があります。
- 技術的な専門性: 複数のモデルを連携させるための技術的な知識や、複雑なシミュレーションを実行するための計算資源が必要となる場合があります。外部の専門機関やベンダーとの連携が不可欠となるケースが多いと考えられます。
- コスト: システム開発、データ整備、モデル構築、計算資源の確保など、導入初期にかかるコストは単一予測システムよりも高額になる傾向があります。長期的な運用・保守コストも考慮が必要です。
- 予測結果の解釈と活用: 複合予測の結果は、単一予測よりも複雑になることがあります。予測の不確実性も含め、その結果を防災計画や実際の避難行動にどのように落とし込むか、職員間での共通理解をどのように醸成するかといった点が重要になります。
- 法的な位置づけ: 複合的なリスクを考慮したハザードマップや避難情報の発令基準について、法的な位置づけや住民への説明責任といった観点からの整理が必要になる場合があります。
これらのハードルを乗り越えるためには、段階的な導入や、他の自治体や研究機関との連携も有効なアプローチとなるでしょう。
複合災害予測技術の取り組み事例(仮想)
例えば、過去に台風による豪雨とそれに伴う河川氾濫・土砂災害が複合的に発生した経験を持つある自治体では、このリスクを低減するために複合災害予測技術の導入を検討しました。
まず、過去の豪雨・災害データ、河川モデル、土砂災害モデルを統合し、特定の降雨シナリオにおける河川水位上昇と斜面崩壊危険度の時間的な変化を予測できるシステムを構築しました。
この予測結果を基に、河川氾濫危険水位到達予測と土砂災害警戒情報の発表目安時間を連動させた防災タイムラインを策定し、住民説明会を通じて周知を図りました。また、予測される危険エリアの重なりを視覚化した複合ハザードマップを作成し、特に高齢者など避難に時間のかかる住民への個別声かけの対象選定に活用しています。
導入には専門的な技術者による支援や初期投資が必要でしたが、これにより、豪雨発生時にどの地域で、どの時間帯に複数のリスクが同時に高まるかを把握できるようになり、避難指示発令のタイミングや範囲の判断がより適切に行えるようになった、という効果が得られています。
今後の展望
複合災害予測技術は、まだ発展途上の段階にある部分もありますが、技術の進歩やデータの整備が進むことで、その予測精度や応用範囲はさらに広がっていくと考えられます。
将来的には、気候変動の影響を踏まえた長期的な複合リスク予測や、経済的・社会的な影響まで含めた多角的な被害予測、そして予測結果をリアルタイムに住民のスマートフォンにプッシュ通知するような、より実践的なシステムへの発展も期待されます。
まとめ
複合災害予測技術は、複雑化する災害リスクに対して、より効果的かつ包括的な防災対策を講じるための有力なツールです。複数の災害が連鎖するメカニズムを理解し、時間的な変化を予測することで、自治体はハザードマップの高度化、避難計画の最適化、防災タイムラインの精緻化など、様々な実務に応用することが可能となります。
導入にはデータの整備や専門技術の確保といったハードルも存在しますが、段階的なアプローチや外部連携を通じて、その可能性を探る価値は大きいと言えます。来るべき複合災害に備え、最新の予測技術が自治体防災力の向上にどう貢献できるのか、引き続き注視していくことが重要です。