データが拓く上下水道インフラ災害リスク予測:自治体における予防・減災計画への応用
はじめに
地震、台風、豪雨など、様々な自然災害が発生するたびに、その被害は建物や交通インフラだけでなく、上下水道といった生活に不可欠なライフラインにも及びます。特に上下水道施設や管網の被害は、断水や汚水処理機能の停止を引き起こし、住民生活や産業活動に深刻な影響を与え、公衆衛生上のリスクも高めます。
これらのインフラは地下に埋設されている部分が多く、被害状況の把握や復旧に時間を要する場合があります。そのため、発災後の迅速な対応はもちろん重要ですが、被害を未然に防ぐための予防・減災、そして被害を最小限に抑えるための事前のリスク評価と対策計画が極めて重要になります。
近年、上下水道分野においても、施設や管網に関するデータ、地盤データ、過去の修繕履歴など、様々なデータが蓄積されてきています。これらのデータを高度な分析技術と組み合わせることで、災害による被害リスクをより正確に予測し、予防・減災計画や対策に役立てる可能性が開かれています。本稿では、データ活用による上下水道インフラの災害リスク予測が自治体防災にどう貢献できるのか、その可能性と実務上のポイントについて解説します。
上下水道インフラの災害リスクとデータ活用の必要性
上下水道インフラは、地震による管路の破断や施設の損傷、洪水によるポンプ場の浸水やマンホールの浮上、土砂災害による施設の被災など、様々な災害によって機能停止のリスクに晒されています。また、管路の老朽化は、災害時の脆弱性をさらに高める要因となります。
従来の上下水道施設の耐震化や管路の更新計画は、主に構造的な基準や経過年数に基づいて進められてきました。しかし、限られた予算の中でより効果的な対策を講じるためには、潜在的なリスクが高い箇所を特定し、優先順位を付けて計画的に対応を進める必要があります。
ここでデータ活用が有効となります。上下水道事業体が保有する管網情報(管種、口径、布設年次、材質など)、施設情報(ポンプ場、処理場、配水池などの仕様、耐震性能など)、過去の修繕・事故履歴といった基幹データに加え、自治体や国の機関が保有する地盤情報(液状化リスク、活断層、軟弱地盤など)、ハザードマップ情報(洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域など)、さらには交通量データ(管路上を通過する車両重量)、気象データ(降雨量、気温)、近隣施設の稼働状況など、多様なデータを統合的に分析することで、個々の管路や施設がどのような災害リスクに晒されているかをより詳細に評価することが可能になります。
データ活用による上下水道インフラリスク予測の概要
データ活用によるリスク予測では、主に以下のようなデータと技術が用いられます。
- 基盤データ:
- 上下水道台帳データ: 管路の属性情報(材質、口径、布設年次など)、施設の仕様・耐震情報。
- GISデータ: 上下水道管網の地理情報、施設の正確な位置情報。
- 地盤データ: 標準貫入試験結果、地質調査結果、液状化ポテンシャル、活断層・震源断層の位置。
- ハザードデータ: 想定される地震の震度分布、洪水浸水深、津波浸水深、土砂災害警戒区域。
- 過去データ: 管路の漏水・破断履歴、施設の故障履歴、修繕・更新履歴、過去の災害被害状況。
- 分析技術:
- GIS分析: 地理情報と重ね合わせ、リスク要因(軟弱地盤上の古い管路など)を特定。
- 統計分析・機械学習: 過去の被害データや修繕履歴と各種要因(管種、年次、地盤、交通量など)の関係を分析し、将来的な損傷や災害時の被害確率を予測。
- シミュレーション: 地震動や水圧変動が管網に与える影響をシミュレーションし、破断リスクを予測。洪水モデルと組み合わせ、ポンプ場の浸水リスクやマンホールの浮上リスクを予測。
これらのデータと技術を組み合わせることで、「特定の地震が発生した場合に、どの地域の管路が最も破断しやすいか」「想定される豪雨で、どのポンプ場が最も浸水しやすいか」といった、より具体的かつ詳細なリスク予測が可能になります。予測結果は、地図情報(GIS)上に可視化されることで、リスクの高い箇所が一目で分かるようになります。
自治体防災における応用とメリット
データ活用による上下水道インフラリスク予測は、自治体の予防・減災計画および災害対応準備において、以下のようなメリットをもたらします。
- 効果的な予防・減災投資:
- リスクの高い管路や施設を客観的なデータに基づいて特定し、耐震化や更新の優先順位を決定できます。これにより、限られた予算の中で最も効果的な対策から着手することが可能になります。
- 地盤対策や管路更新などの具体的な予防策について、リスク削減効果を定量的に評価し、投資対効果の高い計画策定に貢献します。
- 災害対応準備の強化:
- 想定される被害シナリオに基づき、必要な資材(管材、ポンプなど)や人員を事前に計画的に配置・確保することができます。
- 断水想定区域や下水機能停止想定区域を事前に把握し、給水計画や仮設トイレ設置場所の検討、住民への情報提供内容の準備など、発災後の対応計画を具体的に策定できます。
- 避難所や病院といった重要施設へのライフライン供給リスクを評価し、優先的な対策や代替手段の検討に役立てることができます。
- 他部署・関係機関との連携強化:
- 上下水道部門が作成したリスクマップや予測結果を、防災部局や道路部局、福祉部局など他の部署と共有することで、ハザードマップと重ね合わせた総合的な地域リスク評価や、要配慮者支援計画、交通規制計画など、自治体全体の災害対策の精度向上に貢献します。
- 電気、ガス、通信といった他のライフライン事業者との間でも、リスク情報や被害想定を共有することで、連携した応急対応計画の策定につながります。
導入に向けた考慮事項と課題
データ活用による上下水道インフラリスク予測の導入には、いくつかの考慮すべき点と課題が存在します。
- データの整備と品質:
- 予測の精度は使用するデータの品質に大きく依存します。管路台帳データの正確性、地盤データの網羅性、過去被害履歴の記録状況などを確認・整備する必要があります。
- 異なる部署や機関が保有するデータを連携・統合するための仕組みやルール作りが求められます。
- 技術的な知見と体制:
- GIS分析、統計分析、機械学習などの技術に関する知見が必要となります。内部に専門人材がいない場合は、外部のコンサルタントやシステムベンダーの活用を検討する必要があります。
- 予測システムを導入・運用するためのハードウェアやソフトウェアの整備、保守体制も考慮する必要があります。
- 導入コストと費用対効果の評価:
- データの整備、システム導入、専門人材の確保など、一定の初期投資や運用コストが発生します。
- これらのコストと、リスク削減効果や災害時の被害軽減額を比較検討し、費用対効果を評価することが重要です。長期的な視点での投資回収をどのように評価するかがポイントとなります。
- 予測結果の活用と情報共有:
- 予測されたリスク情報を、どのように実際の予防・減災計画や意思決定に落とし込むか、具体的な運用プロセスを確立する必要があります。
- リスク情報の共有範囲や方法についても、個人情報保護やセキュリティに配慮しつつ検討が必要です。
自治体における取り組み事例(架空)
事例1:老朽化と地盤を考慮した管路更新計画の最適化
ある中規模自治体では、老朽化が進む配水管網に対し、過去の漏水・破断履歴、管種、布設年次に加え、詳細な地盤データ(液状化ポテンシャル、腐食性土壌など)を組み合わせてリスク評価を実施しました。GIS上でこれらのデータを重ね合わせ、機械学習モデルを用いて管路ごとの被害リスクを予測した結果、老朽化度が高いだけでなく、リスクの高い地盤上に布設された管路を早期に更新することで、将来的な被害発生確率を大幅に低減できることが分かりました。この分析結果に基づき、計画的な管路更新・耐震化の優先順位を見直し、より効率的かつ効果的に事業を進めています。
事例2:洪水リスクを踏まえた下水施設の事前対策
別の沿岸部自治体では、近年頻発するゲリラ豪雨や高潮による下水施設の浸水リスクが課題となっていました。そこで、詳細な内水氾濫・高潮浸水シミュレーションデータと、ポンプ場、処理場、重要なマンホールなどの位置・仕様データを連携させ、浸水リスクが高い施設を特定しました。さらに、過去の浸水被害時の設備停止履歴や復旧に要した時間を分析し、リスクの高い施設については、止水板の設置、電源設備の嵩上げ、排水ポンプの増設などの事前対策を計画的に実施しています。これにより、想定される豪雨・高潮発生時における下水機能停止のリスクを低減し、住民生活への影響を最小限に抑えるための準備を進めています。
まとめ
データ活用による上下水道インフラの災害リスク予測は、自治体の予防・減災計画や災害対応準備を大きく前進させる可能性を秘めています。管網台帳データ、地盤データ、ハザードデータなどを統合的に分析することで、リスクの高い箇所を客観的に特定し、限られたリソースの中で最も効果的な対策を優先的に講じることが可能になります。
導入にはデータの整備や技術的な知見、コストなどの課題も伴いますが、これらの課題を克服し、データに基づくリスク評価を計画策定に組み込むことは、将来的な災害被害の軽減、迅速な復旧、そして住民生活の安定に繋がる重要な取り組みと言えるでしょう。他のインフラ管理者や防災部局との連携も含め、データ活用による上下水道インフラのレジリエンス向上に積極的に取り組むことが期待されます。