地域経済への災害影響予測:自治体におけるデータ活用と復旧・復興計画への応用
災害が地域経済に与える影響を予測する技術の可能性
災害は、人命やインフラに直接的な被害をもたらすだけでなく、地域の経済活動にも甚大な影響を及ぼします。観光業、農業、漁業、商工業など、地域の主要産業が機能不全に陥ることで、雇用や収入が失われ、地域全体の活力が低下する可能性があります。こうした地域経済への影響を事前に、あるいは発災直後に予測する技術が注目されています。この予測技術は、自治体が効果的な復旧・復興計画を策定し、必要な経済支援策をタイムリーに講じる上で、重要な判断材料を提供することが期待されています。
地域経済影響予測技術の概要と活用データ
地域経済への災害影響予測は、特定の災害シナリオ(例:地震による特定地域の液状化、台風による広範囲の浸水)が発生した場合に、どのような産業が、どの程度の期間、どの程度の影響を受けるかを推計するものです。この予測には、以下のような多様なデータが活用されます。
- 地域経済構造データ: 産業ごとの事業所数、従業者数、生産額、サプライチェーン情報など
- インフラ情報: 道路、橋梁、港湾、空港、電力網、通信網などの位置情報と脆弱性データ
- ハザードデータ: 浸水深、揺れの強さ、土砂崩れの範囲など、災害の種類に応じた被害予測データ
- 人流データ: 災害前後の人の動きを示すデータ(位置情報サービス、交通データなど)
- 観光データ: 観光客数、宿泊施設稼働率などのデータ
- 農林水産業データ: 作付面積、漁獲量、出荷量などのデータ
これらのデータを基に、サプライチェーンの寸断による生産停止、インフラ被害による物流停滞、風評被害による観光客減少といった様々な経路を通じて、地域経済への影響をシミュレーションし、被害額や復旧期間などを推計します。
自治体防災・復旧・復興計画への応用
地域経済への災害影響予測技術は、自治体の多岐にわたる業務に応用可能です。
- 事前対策:
- 地域経済の脆弱性を特定し、リスクの高い産業や地域への事前対策(BCP策定支援など)を重点的に実施する。
- 災害時の経済被害を軽減するためのインフラ整備の優先順位付けに活用する。
- 発災直後:
- 被害が大きいと予測される産業・地域を迅速に特定し、初期の情報収集や支援ニーズ把握に役立てる。
- 災害対策本部内で、経済部局など関係部署との連携を円滑にするための共通認識を持つ。
- 復旧・復興計画:
- 予測される経済被害規模に基づき、国への財政支援要望の根拠データとする。
- 特定の産業(例:観光業)や地域に特化した経済支援策(補助金、融資あっせんなど)の検討・設計に活用する。
- サプライチェーンの早期復旧に向けた支援対象の特定や、代替物流ルートの検討に役立てる。
- 雇用維持や失業者支援のための施策立案に活用する。
- 復旧期間の予測に基づき、スケジュール感を持った計画策定を行う。
導入における考慮事項とハードル
地域経済影響予測技術の導入には、いくつかの考慮事項があります。
- データの収集と整備: 精度の高い予測を行うためには、地域経済、インフラ、災害ハザードなど、多岐にわたるデータの継続的な収集と整備が必要です。特に、詳細な地域経済構造データやリアルタイムのインフラ稼働状況データなどは、整備に時間とコストがかかる場合があります。
- 専門知識: 予測モデルの運用や結果の解釈には、ある程度の専門知識が必要となる場合があります。外部の専門機関との連携や、内部での人材育成が求められる可能性があります。
- コスト: 予測システムの導入や運用、データの収集・維持には一定のコストが発生します。費用対効果を慎重に検討する必要があります。
- 他部署との連携: 地域経済影響予測は、防災課だけでなく、企画部、産業部、観光部、農林水産部など、複数の部署に関わる情報です。部署間の緊密な連携体制の構築が不可欠です。
- 予測の不確実性: 経済活動は複雑であり、災害発生時の人間の行動や市場の反応など、不確実な要素が多く含まれます。予測結果はあくまで推計値であり、その限界を理解した上で活用する必要があります。
自治体での活用事例(イメージ)
例えば、海岸線に沿って観光業が主要産業となっている自治体があるとします。この自治体で高潮浸水予測技術と地域経済影響予測技術を組み合わせることで、以下のような活用が考えられます。
- 事前のリスク評価: 想定される最大クラスの高潮が発生した場合、どの観光施設が浸水し、それによって周辺の飲食・小売業にどのような経済的影響が及ぶかを事前に推計します。これにより、観光客誘致策の見直しや、リスクの高い施設への補助金制度検討などの事前対策に役立てます。
- 発災後の意思決定支援: 高潮発生直後、浸水エリアとインフラ被害の情報を基に、どの地域の観光・商業活動がどの程度停止し、復旧にどれくらいの期間を要するかを迅速に予測します。この予測結果は、早期の経済支援策の発動判断や、観光客への情報発信方針の決定に活用されます。
また、内陸部の農業が盛んな自治体では、洪水や土砂災害による農地や農業インフラへの被害が地域経済に与える影響を予測することで、災害後の農産物出荷計画の策定や、農業従事者への経済支援、風評被害対策などの検討を進めることが考えられます。
まとめ
地域経済への災害影響予測技術は、災害による二次的被害である経済的打撃に対し、自治体がより戦略的かつ効果的に対応するための強力なツールとなり得ます。データの収集・整備や部署間の連携、専門知識の確保といったハードルはありますが、その導入によって、より実効性の高い復旧・復興計画の策定や、地域の持続的な発展に向けたレジリエンス強化に貢献することが期待されます。
自治体の防災担当職員の皆様におかれましても、自らが担当する災害種別が地域の経済にどのような影響を及ぼしうるのかという視点を持ち、関連部署と連携しながら、こうした予測技術の可能性について情報収集を進めていただければ幸いです。