災害予測技術を活かす組織体制と他部署・関係機関連携の実務ポイント
はじめに:予測技術導入後の新たな課題
近年の技術進展により、様々な災害予測技術が実用化され、多くの自治体でその導入が進められています。しかし、高精度な予測情報を入手できるようになっただけでは、必ずしも効果的な防災対策につながるとは限りません。予測技術を真に活かすためには、その情報を適切に解釈し、迅速かつ的確な意思決定を行い、関係部署や関係機関、そして住民へと円滑に情報伝達・共有する仕組み、つまり「組織体制」と「連携」が不可欠となります。
本記事では、災害予測技術を導入・運用する上で、自治体がどのように組織体制を整え、関係者と連携を図るべきかについて、実務的な視点から解説します。
災害予測情報を「活かす」とは?
災害予測情報を活かすとは、単に予測結果を知るだけでなく、それを基に具体的な防災行動(避難情報の発令判断、避難所開設、リエゾン派遣、物資輸送計画など)へと結びつける一連のプロセスを円滑に進めることを意味します。このプロセスには、予測技術の担当部署だけでなく、庁内の複数の部署や、外部の関係機関が密接に関わることになります。
予測情報の精度向上は重要ですが、同時にその情報が「誰に」「いつ」「どのような形式で」伝わり、「何を判断・実行するのか」という運用側の体制と連携の設計が、予測技術の導入効果を最大化する鍵となります。
予測技術運用における組織体制の構築
効果的な予測技術の運用には、適切な組織体制の構築が欠かせません。
1. 担当部署・担当者の明確化
- 責任部署: 予測技術の導入・運用・管理の責任を持つ部署(多くは防災課や危機管理課)を明確にします。
- 技術担当者: システムの基本的な操作やデータ更新、ベンダーとの連絡を担当する職員を配置します。技術的な深い知識は必須ではありませんが、システムの概要を理解し、適切な指示・確認ができるスキルが求められます。必要に応じて、情報システム部門と連携できる職員を配置します。
- 情報分析・判断担当者: 予測情報の内容を専門的な観点から解釈し、その確度や地域への影響度を評価する担当者が必要です。外部の専門家や機関からの情報と照合し、総合的な判断材料を整理する役割を担います。
- 情報伝達担当者: 分析・判断された予測情報を、庁内関係者、外部機関、そして住民に、それぞれのニーズに合わせた形で迅速かつ正確に伝える担当者です。広報部門との連携も重要です。
2. 必要なスキルと研修
予測技術の運用に関わる職員には、以下のようなスキルが必要となる場合があります。
- システム操作スキル: 導入した予測システムの基本的な操作方法。
- データ理解力: 予測に使用されるデータの種類(気象データ、地形データなど)や、予測結果の数値(降水量、浸水深など)の意味を理解する力。
- リスクコミュニケーション能力: 予測の不確実性を含め、情報を分かりやすく伝える能力。
- 状況判断能力: 予測情報と現場の状況を照らし合わせ、限られた時間で最適な行動を判断する能力。
これらのスキル習得のため、導入ベンダーによる研修だけでなく、定期的な内部研修や、他自治体・関係機関との合同研修などを実施することが有効です。
3. 平時からの運用ルーチン
災害発生時だけでなく、平時からの運用が重要です。
- データ更新・メンテナンス: 予測精度を維持するため、最新の地形データやインフラデータなどの基礎データを定期的に更新・メンテナンスする体制が必要です。
- システムの点検・保守: システムが常に正常に稼働するよう、定期的な点検と保守契約に基づいた対応を行います。
- 訓練・演習: 予測システムから得られる情報を活用した図上訓練や実動訓練を繰り返し実施し、職員の習熟度を高め、体制や手順の課題を洗い出します。
他部署との連携強化
予測技術を導入する部署(防災課など)だけでなく、庁内の様々な部署との連携が不可欠です。
- 企画財政部: 予測技術導入の予算確保、費用対効果の評価など。
- 総務部/人事部: 体制構築のための人員配置、必要な研修の企画・実施など。
- 情報システム部: 予測システムの技術的な管理、セキュリティ対策、既存システム(例: GIS、住民情報システム)との連携検討。
- 広報部: 住民への予測情報の発信方法(メディア連携、SNS活用など)の検討、住民向けの情報伝達訓練。
- 地域関係部署: 地域の特性(避難行動要支援者の把握、狭隘道路など)に関する情報提供、地域住民や自主防災組織との連携支援。
- 施設所管部署: 避難所となる施設の状況把握、浸水リスクのある地下施設の情報共有、インフラ設備の状況把握など。
これらの部署間での情報共有のルール、連絡体制、合同での検討会議などを平時から設定しておくことが、発災時の迅速な意思決定と行動につながります。
関係機関との連携構築
自治体外部の関係機関との連携も、予測技術の効果的な活用に不可欠です。
- 国の機関: 気象庁(気象予報、警報・注意報)、河川事務所(河川水位情報、ダム放流情報)、国土地理院(地形データ、地理情報)などからの情報提供を受け、予測システムの精度向上や判断材料とします。
- 都道府県: 広域的な災害リスクに関する情報共有、他の市町村との連携調整。
- 他の市町村: 隣接市町村との合同での避難所開設計画、広域避難の調整、情報共有協定の締結など。
- 専門家・研究機関: 最新の予測研究に関する情報交換、技術的なアドバイス。
- ライフライン事業者: 電力、ガス、水道、通信などの事業者とのインフラ被害予測に関する情報共有、復旧見込みに関する情報交換。
- 交通・輸送関係事業者: 道路状況予測、公共交通機関の運行状況に関する情報共有、緊急車両の通行ルート検討。
- 医療・福祉関係機関: 医療施設や福祉施設の被災リスク情報共有、避難行動要支援者の情報連携。
これらの関係機関とは、定期的な情報交換会、合同訓練、災害時応援協定などを通じて、平時から顔の見える関係を構築し、情報共有のプロトコルを確立しておくことが重要です。
実務上の考慮事項と事例(架空)
予測技術の運用体制・連携を検討する際の実務上のポイントをいくつか挙げます。
- 費用対効果: 体制構築や連携強化にかかる費用(人件費、研修費、システム改修費、通信費など)と、予測技術導入による防災効果(被害軽減、迅速な避難など)を総合的に評価する必要があります。初期導入費用だけでなく、継続的な運用・保守費用も考慮に入れます。
- 既存の防災計画・業務フローとの整合性: 新しい予測技術の情報を、既存の災害対策本部設置・運営要綱や避難情報発令マニュアルなどにどのように組み込むか、業務フローをどのように変更・改善するかを具体的に検討します。
- 職員への負担: 新しいシステムの操作や情報の追加的な収集・分析は、職員の業務負担を増加させる可能性があります。RPAなどの技術を活用した定型業務の自動化や、外部委託なども視野に入れ、負担軽減策を講じる必要があります。
事例:A市における予測情報活用訓練(架空)
人口10万人のA市では、河川氾濫予測システムを導入しました。しかし、導入当初は予測担当職員が孤立し、せっかくの予測情報が他の部署にスムーズに伝わらず、避難情報発令の判断が遅れるという課題がありました。
そこでA市は、以下のような改善に取り組みました。
- 庁内横断プロジェクトチーム設置: 防災課、情報システム課、広報課、総務課、河川管理担当課の職員からなるプロジェクトチームを発足。システム運用、情報連携、住民伝達のあり方を検討しました。
- 情報共有プラットフォーム導入: 庁内向けの簡易な情報共有プラットフォームを導入し、予測システムからの出力データや担当者の分析結果をリアルタイムで関係部署が確認できるようにしました。
- 合同図上訓練の定例化: プロジェクトチームメンバーに加え、地域住民代表や警察、消防などの関係機関も参加する合同図上訓練を年2回実施。予測情報がどのように伝わり、誰が何を判断・実行するのか、実際のタイムラインに沿って検証しました。
- 情報伝達マニュアル改訂: 予測情報を受け取った担当部署が、どの部署に、どのような情報(予測時刻、予測水位、影響範囲など)を、どのような手段(専用チャット、電話、共有システム)で伝えるか、具体的な手順をマニュアルに明記しました。
これらの取り組みにより、A市では予測情報に基づく避難情報発令までのリードタイムが短縮され、住民避難行動への効果が期待されています。特に、部署横断での定期的な訓練が、平時からの信頼関係構築と、災害時のスムーズな連携に大きく寄与しています。
まとめ:組織と連携こそが技術を活かす土壌
災害予測技術は、防災対策の強力なツールとなり得ますが、その潜在能力を最大限に引き出すためには、技術そのものだけでなく、それを運用する「組織体制」と「関係者間の連携」という「ヒトと仕組み」への投資と改善が不可欠です。
自治体職員の皆様におかれましては、予測技術の導入を検討・推進される中で、運用フェーズを見据えた体制構築や、庁内外の関係機関との連携強化にもぜひご注力いただきたいと思います。平時からの地道な準備と関係構築こそが、来るべき災害発生時における予測情報の有効活用、そして地域住民の安全確保につながるものと考えます。
災害予測ウォッチでは、今後も様々な予測技術の活用事例や運用に関する情報を提供してまいります。