災害予測技術を活用した防災訓練・演習の高度化:自治体における効果的な実践
はじめに:予測技術を「活かす」訓練の重要性
近年、様々な災害予測技術が進展し、より精緻な被害予測や状況把握が可能になりつつあります。これらの予測情報は、発災前の計画策定や発災時の意思決定において非常に有用です。しかし、いくら優れた予測データがあっても、それを読み解き、状況を正しく判断し、適切な行動に繋げるためには、日頃からの訓練が不可欠です。
防災訓練や演習は、自治体職員や関係機関が災害発生時の対応をシミュレーションし、連携を確認する重要な機会です。ここに最新の災害予測技術を取り入れることで、訓練の質を飛躍的に向上させ、より実践的な対応能力を養うことができます。本稿では、災害予測技術を防災訓練・演習にどのように活用できるか、その具体的な方法と自治体における実践のポイントについて解説します。
災害予測技術が防災訓練・演習にもたらす価値
災害予測技術を訓練に組み込むことは、従来の訓練にはない以下の価値をもたらします。
- シナリオの現実性向上: 過去の災害データだけでなく、最新の予測モデルに基づくデータ(例:特定の雨量時の浸水域予測、地震発生時の揺れやすさ・建物被害予測など)を訓練シナリオに組み込むことで、より現実的で具体的な状況設定が可能になります。これにより、参加者は「自分たちの地域で起こりうる災害」として訓練を捉えやすくなります。
- 状況変化への対応能力強化: 訓練中にリアルタイムまたは時系列の予測データを提供することで、刻々と変化する災害状況への対応判断訓練が行えます。例えば、降雨予測の推移に応じて避難情報の発令を判断する、といった実践的なシミュレーションが可能です。
- 予測情報の解釈・活用能力の向上: 予測技術から得られるデータは、専門的な地図情報やグラフ形式であることが少なくありません。訓練を通じてこれらの情報を実際に活用することで、情報の意味するところを正しく理解し、意思決定に役立てるスキルを習得できます。
- 複数の予測データを組み合わせた判断訓練: 洪水浸水予測と交通影響予測、建物被害予測と避難所収容可能人数予測など、複数の予測データを同時に参照し、総合的な状況判断を行う訓練ができます。
災害予測技術を訓練に組み込む具体的な実践方法
1. 訓練シナリオへの予測データの組み込み
- 「もしこの予測が出たら」という状況設定: 「気象庁から〇時〇分に、この地点での1時間雨量50mmの予測が出されました。その結果、〇〇川の氾濫危険水位到達予測は△時△分です」といった形で、予測情報を起点とした訓練状況を設定します。
- 予測データに基づいた地図情報の提供: 訓練中に、予測される浸水範囲、土砂災害警戒区域の発令状況、建物の被害想定マップなどを、GISデータとして表示・共有します。参加者はこれらの予測情報に基づき、避難対象区域の判断や救援ルートの検討を行います。
2. 訓練中の予測情報提示と判断訓練
- 時系列での情報更新: 訓練時間に合わせて、予測情報がリアルタイムで更新されるかのように、段階的に情報を提供します。「先ほど出た予測が更新され、氾濫危険水位到達予測時刻が△時△分に早まりました」といった提示方法です。
- 判断を求める設問設定: 予測情報が提示された後、「この予測を受けて、あなたはどのような判断を下しますか?(例:避難情報の発令、関係機関への連絡、住民への周知事項など)」といった形で、具体的な行動判断を促します。
- ダッシュボード形式での情報共有: 訓練用の情報共有プラットフォームや簡易的なシステムを使用し、天気予報、河川水位、予測浸水域、避難所状況などを一元的に表示するダッシュボードを訓練参加者と共有します。これにより、実際の災害対策本部のような情報環境を再現できます。
3. 住民参加型訓練での活用
- 「自宅のリスク」を予測で示す: 地域のハザードマップと予測データを組み合わせ、住民一人ひとりの自宅や避難ルートにどのようなリスクがあるかを示す情報を訓練の中で提供します。
- 予測情報を受けた避難判断シミュレーション: 「この雨量予測が出たら、あなたの家は〇時頃までに浸水する可能性があります。どのタイミングで避難を開始しますか?」といった問いかけを通じて、住民自身の避難計画を具体的に考えさせます。
導入における考慮事項とハードル
予測技術を訓練に導入する際には、いくつかの考慮事項とハードルがあります。
- データの選定と加工: どの予測データを訓練に使うかを選定し、訓練シナリオに沿って加工する必要があります。実際のシステムから出力されるデータ形式を再現することも重要です。ベンダーによっては、訓練用のデータ提供や加工支援を行っている場合もあります。
- 情報の提示方法: 訓練参加者が予測情報を容易に理解できるよう、視覚的に分かりやすい形で提示する工夫が必要です。GISデータ活用のための最低限のPCスキルやツールの準備も必要になる場合があります。
- コスト: 新たなシステムの導入や、既存システムからのデータ連携、訓練シナリオ作成の外注など、コストが発生する可能性があります。既存の無償公開されている予測情報やハザードマップデータから始めることも検討できます。
- 職員の技術リテラシー: 予測データやシステム操作に関する職員の習熟度にばらつきがある可能性があります。訓練の冒頭で簡単なツールの使い方説明を行ったり、役割分担を明確にしたりするなどの配慮が必要です。
事例紹介(架空)
〇〇市では、内水氾濫予測技術を活用した図上訓練を導入しました。訓練では、特定の気象条件での内水氾濫予測マップを時間経過とともに提示し、それに基づき避難情報の判断や避難所開設のタイミングをシミュレーションしました。従来、過去の内水氾濫事例に基づいた訓練が主でしたが、予測データを用いることで、これまでに経験のない雨量パターンでの影響を具体的に検討できるようになりました。訓練後には、職員から「予測データがあることで、具体的な浸水範囲や進行速度をイメージしやすかった」「情報の変化に合わせて判断する難しさを実感できた」といった声が上がり、職員の対応力向上に繋がりました。
まとめ
災害予測技術は、発災前の備えだけでなく、防災訓練・演習においても非常に有効なツールとなり得ます。予測データを用いて訓練シナリオの現実性を高め、状況変化への対応判断能力を養うことは、自治体職員の災害対応力を向上させる上で不可欠です。導入にはデータの選定や加工、コストなどのハードルもありますが、既存の情報を活用したり、段階的に導入を進めたりすることで、効果的な実践は可能です。
予測技術を「知っている」段階から「使いこなせる」段階へ移行するためにも、ぜひ日々の訓練に積極的に予測技術を取り入れていくことをご検討ください。継続的な訓練を通じて、有事の際に予測情報を最大限に活かせる体制を構築していくことが期待されます。