発災後の迅速な建物リスク判定技術:自治体における効率的な二次被害防止・罹災証明対応へ
はじめに:発災後の自治体業務における建物リスク判定の重要性
大規模災害が発生した後、自治体にとって喫緊の課題となるのが、被災した建物の安全性の確認です。これは、住民の安全確保(二次被害防止)、避難所の設置・運営判断、そしてその後の復旧・復興に向けた罹災証明書の発行など、多岐にわたる自治体業務の根幹に関わる重要なプロセスです。
しかし、従来の建物リスク判定(例えば、応急危険度判定など)は、専門知識を持つ人員が現地に赴き、目視で一つ一つ判定を行うため、広範囲に被害が発生した場合には膨大な時間と労力を要します。また、危険な場所での作業も伴います。この時間的・人員的な制約が、迅速な二次被害防止策の実施や、その後の罹災証明書発行プロセスを遅らせる一因となることがあります。
本稿では、こうした課題を解決し、発災後の建物リスク判定をより迅速かつ効率的に行うための最新技術動向についてご紹介し、自治体防災における実務への応用可能性や導入を検討する上でのポイントを解説します。
従来の判定手法と最新技術による進化
従来の被災建物リスク判定は、主に建築や土木の専門家チームによる現地での目視調査に基づいて行われてきました。建物の傾き、ひび割れ、外壁の剥落などの状況を確認し、応急危険度判定であれば「危険(立ち入り禁止)」「要注意(使用制限)」「調査済(使用可能)」などの判定を行います。
この手法は専門家の知見に基づき正確な判定を行える一方で、前述のように時間と人手が非常にかかるという課題があります。特に大規模地震のように広範囲で多数の建物が被害を受けた場合、全ての建物を迅速に調査することは困難です。
ここで注目されているのが、最新技術を活用したリスク判定の迅速化・効率化です。主なアプローチとして、以下のようなものが挙げられます。
- ドローンによる外観撮影とAI画像認識: 被災地域上空をドローンで飛行させ、建物の外観を撮影します。撮影した画像データをAIによる画像認識技術で解析することで、建物の倒壊、屋根や外壁の損傷、構造材の露出などを自動的に検出し、損傷の程度をある程度判定することが可能です。これにより、広範囲の建物を比較的短時間でスキャンし、危険度の高そうな建物を絞り込むことができます。
- 衛星データや航空写真との組み合わせ: 発災前後の衛星画像や航空写真を比較することで、建物全体の倒壊・損壊を把握できます。ドローンによる詳細な画像と組み合わせることで、より精度の高い初期判定が可能になります。
- 地上設置型センサーやIoT: 一部の重要な建物やインフラに事前にセンサーを設置しておき、振動や傾きなどのデータをリアルタイムでモニタリングすることで、発災直後の被害状況を即時に把握する試みも進められています。
これらの技術は、あくまで「リスクの高い建物を早期に特定する」ためのスクリーニング、あるいは「立ち入りが困難な場所の情報を取得する」手段としての活用が主となります。最終的な応急危険度判定や詳細な被害認定には、引き続き専門家による現地調査が必要となる場合が多いですが、これらの技術を導入することで、現地調査が必要な箇所を効率的に絞り込み、人員配置を最適化するなど、プロセス全体の迅速化・効率化に大きく貢献できる可能性があります。
自治体業務への具体的な応用可能性
最新の建物リスク判定技術は、自治体の様々な防災関連業務に活用できます。
- 二次被害防止: ドローンやAIによる迅速な初期判定で、倒壊の危険がある建物や落下物が発生しやすい場所を早期に特定し、立ち入り規制範囲の決定や、危険箇所への注意喚起を迅速に行うことが可能になります。これにより、住民や救援・復旧活動を行う人々の安全確保に繋がります。
- 避難所の設置・運営: 避難所として使用予定の建物について、発災直後に技術的な手法で簡易的な安全確認を行うことで、開設判断を迅速化できます。また、近隣の被災状況を把握し、避難所の配置計画を柔軟に見直す際の判断材料としても活用できます。
- 罹災証明書発行プロセスの効率化: 罹災証明書の発行には被害家屋調査が必須ですが、件数が多いと時間を要します。技術を活用して建物の損傷度合いをある程度事前に把握することで、調査の優先順位付けや、比較的軽微な被害の建物については調査プロセスを効率化できる可能性が考えられます。例えば、ドローン画像やAI判定結果を活用して、現地調査を要する案件と、書類や写真による確認で対応できる案件を初期段階で振り分けるといった運用が検討できます。
- 広域的な被害状況の把握: 人員による調査が困難な広範囲の被害状況を、技術的に迅速に把握することで、支援物資の輸送ルート決定、救援チームの派遣先決定など、応急対応全体の計画立案に役立てることができます。
導入を検討する上での考慮事項
最新技術の導入は多くのメリットをもたらしますが、自治体が検討する際にはいくつかの重要な考慮事項があります。
- コスト: 技術導入には初期投資(ドローン機体、解析ソフトウェア、サーバー費用など)や運用費用(データ通信費、ソフトウェア利用料、メンテナンス費用、人材育成費など)が発生します。限られた予算の中で、費用対効果をどのように評価するかが重要です。クラウドベースのサービスを利用することで、初期投資を抑えられる場合もあります。
- 必要な設備・体制: ドローンを活用する場合、機体だけでなく、操縦できる職員の育成や外部委託の検討が必要になります。また、取得した大量の画像データやセンサーデータを解析し、活用するための情報システムや、データを扱える人材(必ずしも高度な専門家でなくても、基本的な操作やデータ活用の知識を持つ職員)の確保・育成も求められます。
- 運用上の注意点: ドローンの飛行には法規制(航空法など)やプライバシーへの配慮が必要です。悪天候時は飛行が困難な場合もあります。また、AIによる判定精度は技術進歩により向上していますが、100%正確ではないことを理解し、最終判断は専門家が行うなど、技術の限界を認識した運用計画が必要です。取得するデータが大容量になるため、データの管理・保管方法も事前に検討しておく必要があります。
- 既存システムとの連携: 取得した建物被害データは、GISシステム上の罹災情報やハザードマップ情報と連携させることで、より効果的に活用できます。既存の防災情報システムとの連携性も確認しておくと良いでしょう。
まとめと今後の展望
発災後の迅速な建物リスク判定技術は、自治体の災害対応能力を大きく向上させる可能性を秘めています。ドローンやAIなどを活用することで、従来の課題であった時間的・人員的制約を克服し、二次被害防止、罹災証明発行、そしてその後の復旧活動をより迅速かつ効率的に進めることが期待できます。
技術は日進月歩で進化しており、判定精度や運用効率は今後さらに向上していくと考えられます。導入にはコストや体制整備などの検討事項がありますが、まずは小規模な実証実験から開始したり、他の自治体の先行事例(例:ドローンを使った被害調査訓練など)を参考にしたりしながら、自らの自治体にとって最も効果的な活用方法を模索していくことが、今後の防災計画を立てる上で重要な一歩となるでしょう。これらの技術を賢く活用することが、被災した住民を一日も早く安心できる状況へ導くことに繋がります。