リアルタイムデータが拓く新たな災害予測・状況把握:自治体におけるインフラ利用データの可能性
はじめに:災害予測・状況把握におけるリアルタイムデータの可能性
近年、テクノロジーの進化に伴い、様々な種類のデータがリアルタイムに近い形で取得可能になってきました。気象情報やセンサーデータだけでなく、私たちの生活を支えるインフラ、例えば電力、通信、交通などの利用状況に関するデータもその一つです。これらのリアルタイムデータは、従来型のハザード予測とは異なる視点から、災害の「前兆」を捉えたり、発災直後の「被害状況」を推定したりする上で、新たな可能性を秘めています。
自治体の防災担当職員の皆様にとって、刻一刻と変化する状況を迅速かつ正確に把握し、適切な避難情報の発令や応援部隊の手配、応急対策の判断を行うことは、防災業務の根幹です。本稿では、インフラ利用データという新しい種類のリアルタイムデータが、自治体防災の実務にどのように活用できるか、その可能性と導入にあたって考慮すべき点について解説します。
なぜインフラ利用データが災害対応に役立つのか
地震、洪水、停電、通信障害といった災害が発生、あるいは発生する兆候が見られる場合、人々の活動には必ず変化が現れます。そして、その変化はインフラの利用状況に反映されると考えられます。
例えば、大規模地震発生時には電力使用量が急減したり、避難指示が出された地域では通信トラフィックが特定のエリアに集中したり、あるいは全く通信できなくなったりします。また、大雨による河川水位上昇が続けば、周辺道路の交通量が減少するといった変化も考えられます。
これらのインフラ利用データは、人々の行動や地域の状況を間接的かつリアルタイムに示唆する情報源となり得ます。これを分析することで、以下のような活用が期待されます。
- 異常の早期検知: 通常とは異なるインフラ利用パターンを捉えることで、災害発生やその予兆、あるいは停電や通信障害といったインフラ自体の異常を早期に検知できる可能性があります。
- 被害状況の推定: 特定エリアでのインフラ利用データの大幅な変化から、そのエリアで何らかの被害が発生している可能性や、被災者の状況(例:孤立している、避難行動をとっているなど)を推定する手がかりが得られます。
- 避難行動の把握: 通信トラフィックの変化などから、住民がどの方向に移動しているか、あるいは情報収集のためにどのような行動をとっているか、といった避難行動の傾向を把握する一助となる可能性があります。
活用可能なインフラ利用データとその応用例
自治体防災において活用が検討されうるインフラ利用データには、以下のようなものがあります。
- 電力利用データ: スマートメーターなどから取得される地域ごとの電力使用量データは、停電の発生範囲や、稼働している施設・設備の状況(例:病院、避難所などの電力供給状況)を把握するのに役立ちます。異常な電力消費の急減は、突発的な停電だけでなく、地震などによる広範な被害を示唆する可能性もあります。
- 通信トラフィックデータ: 携帯電話の基地局データやWi-Fiアクセスポイントの利用状況から得られる通信量は、地域における人の滞留状況や移動パターンを推定するのに利用できます。特定のエリアからの通信量が急増したり、逆に全く通信できなくなったりする状況は、避難行動や孤立の発生を示唆する可能性があります。ただし、プライバシーへの十分な配慮が必要です。
- 交通データ: ETC2.0データやプローブデータ(走行車両から得られる位置情報など)は、道路の通行止めや渋滞状況、主要な移動ルートの変化などをリアルタイムに把握するのに有効です。これにより、避難経路の確保や緊急車両の通行計画に役立てることができます。
- 水道・ガス利用データ: 地域ごとの水道使用量やガス使用量の異常な変動は、漏水事故やガス漏れ、あるいはインフラ自体の損傷を示唆する可能性があります。
これらのデータは、単独で利用するよりも、他の防災情報(ハザードマップ、気象情報、住民からの通報など)と組み合わせて分析することで、より精度の高い状況把握や判断に繋がります。
自治体における導入・活用のための考慮事項
インフラ利用データを防災業務に活用するためには、いくつかの重要な考慮事項があります。
- データの取得・連携: これらのデータは、多くの場合、電力会社、通信事業者、交通事業者などが保有しています。防災目的でのデータ共有に関する連携協定の締結や、リアルタイムでのデータ提供を受けるための仕組み構築が必要となります。データ提供には、個人情報や企業秘密に関わる情報が含まれる可能性もあるため、プライバシー保護やセキュリティ対策について、事業者と十分に協議し、適切な手続きを踏む必要があります。
- 分析体制: 取得した大量のリアルタイムデータを分析し、防災に役立つ情報として抽出するためには、データ分析の専門知識や、それを実行するためのシステムが必要になります。庁内の体制整備が難しい場合は、専門のサービス提供事業者の活用も選択肢となります。
- コスト: データ提供を受けるための費用、データ連携システムの構築・運用費用、分析システムや専門人材に関する費用などが発生します。導入にあたっては、費用対効果を慎重に検討する必要があります。
- 他の情報との統合: インフラ利用データはあくまで状況を「示唆」するものであり、それだけで全ての状況を把握できるわけではありません。住民からの通報、パトロール情報、ドローン映像など、様々な情報源と統合し、総合的な判断を行うことが不可欠です。既存の防災情報システムとの連携も考慮する必要があります。
- 住民への情報提供: インフラ利用データの分析結果を、どのように住民への情報提供に活かすかという点も重要です。「〇〇地区で電力異常を検知しました」「〇〇交差点付近で交通量が急減しています」といった情報を、加工して分かりやすく伝えることで、住民自身の状況判断や避難行動を支援できる可能性があります。
事例紹介(架空):電力データによる小規模停電の早期検知
例えば、とある自治体では、地域の電力会社と連携し、町内会の区画単位での電力利用量をリアルタイムでモニタリングするシステムを試験導入したとします。
ある日、気象警報が出ていない状況で、特定の町内会エリアの電力利用量が突如、通常レベルの数%にまで急減したことをシステムが検知しました。この情報を受けて、自治体職員が直ちに電力会社に確認したところ、そのエリアのごく一部で小規模な配電線トラブルが発生しており、停電していることが判明しました。
従来であれば、住民からの通報があって初めて停電を把握していた場合、このリアルタイムデータ活用により、停電発生から数分以内に異常を検知し、住民からの問い合わせが殺到する前に、職員が状況確認と情報発信の準備に取り掛かることが可能となりました。これにより、早期に停電情報を住民に伝え、問い合わせ対応の負荷を軽減し、必要に応じて避難所開設の準備を進めるなどの初動対応の迅速化に繋がりました。
まとめ:新しいデータソース活用の推進に向けて
電力、通信、交通といったインフラ利用データは、災害時における人々の活動状況や地域の変化を示す貴重なリアルタイム情報源となり得ます。これらのデータを分析・活用することで、異常の早期検知、被害状況の迅速な推定、避難行動の傾向把握など、自治体防災の実務に新たな可能性をもたらすことが期待されます。
導入にあたっては、データ保有事業者との連携、プライバシー保護、データ分析体制の構築、コストといった課題をクリアする必要があります。しかし、他の情報源と組み合わせることで、より精度の高い状況判断や迅速な意思決定が可能となり、結果として住民の安全確保や被害軽減に貢献できると考えられます。
現在、多くのデータが社会に流通し始めており、その中には防災分野で活用可能なものが数多く眠っている可能性があります。自治体の防災担当者の皆様におかれましては、このような新しいデータソースの可能性に目を向け、関係機関との情報連携について検討を進めていくことが、今後の防災力強化に繋がるのではないでしょうか。