衛星データとGISで高める災害対応力:被害予測・状況把握への応用
はじめに:高まる災害リスクと自治体防災の課題
近年、気候変動の影響や国土の脆弱性などから、様々な自然災害のリスクが高まっています。特に、地震、台風、集中豪雨、それに伴う土砂災害や浸水など、規模や性質の異なる災害への備えは、自治体防災にとって喫緊の課題となっています。
効果的な避難誘導、迅速な救助活動、早期の復旧・復興を実現するためには、災害が発生する前にリスクを正確に把握し、発生直後には被害状況を迅速かつ広範囲に把握することが不可欠です。しかし、限られた予算と人員の中で、これらの情報をいかに効率的かつ高精度に取得・活用していくかが、多くの自治体で課題となっています。
本記事では、最新の技術である「衛星データ活用」と、自治体でも普及が進む「GIS(地理情報システム)」を組み合わせることで、災害対応力、特に被害予測や状況把握能力をどのように高められるのかについて、自治体職員の皆様の実務に役立つ視点から解説します。
衛星データとGISが防災にもたらす可能性
衛星データとは、人工衛星に搭載されたセンサーによって地球表面の情報を取得したものです。光学センサーによる可視光画像や赤外線画像、レーダーセンサーによる画像などがあり、上空から広範囲の情報を周期的に観測できる点が特徴です。
一方、GISは、位置情報を持つ様々なデータを地図上で重ね合わせ、分析や可視化を行うための技術です。自治体では、住民情報、施設情報、道路情報、ハザードマップ情報などをGIS上で管理・活用しているケースが増えています。
この二つの技術を組み合わせることで、災害対策において以下のような強力な能力を得ることが期待できます。
- 広範囲の状況把握: 衛星データは一度に広大なエリアをカバーできるため、被災地全体の概況を迅速に把握できます。
- 立ち入り困難区域の情報収集: 災害発生直後で地上からのアクセスが困難な場所や危険な場所でも、上空から情報を得ることができます。
- 時系列での変化分析: 災害発生前後の衛星画像を比較することで、被害箇所の特定や被害の進行状況を把握できます。
- 多様な地理情報との統合分析: 衛星画像から得られた情報(浸水域、損壊建物など)をGIS上で地形データ、インフラデータ、人口分布データなどと重ね合わせることで、より詳細かつ実践的な被害分析や対応計画策定が可能になります。
自治体防災における具体的な応用例
衛星データとGISの組み合わせは、防災の様々なフェーズで活用できます。
1. 事前対策・被害予測
- ハザードマップの高度化・更新支援: 最新の地形データや土地利用状況を衛星データから取得し、既存のハザードマップ(洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域など)の精度向上や更新に役立てることができます。例えば、海岸線の変化や河川形状の変化、新たな宅地開発の状況などを把握できます。
- 建物・インフラの脆弱性評価: 衛星画像とGIS上の建物データ、標高データ、地盤データなどを組み合わせることで、特定の災害(地震、洪水など)が発生した場合にどのエリアの建物やインフラが特に脆弱であるか、被害が大きい可能性があるかを予測・評価する分析に活用できます。
- 避難計画策定の支援: 想定される被害範囲や建物の損壊率予測に基づき、開設すべき避難所の数や配置、安全性に懸念がある避難経路などを事前に検討できます。
2. 災害発生直後の状況把握・初期対応支援
- 被害範囲の迅速な特定: 地震による大規模な建物倒壊エリア、台風や豪雨による広範囲の浸水域、土砂崩れ発生箇所などを、光学画像やレーダー画像を用いて発生後短時間で把握します。特に、レーダー画像は夜間や悪天候下でも観測が可能です。
- 孤立集落・避難状況の把握: 交通インフラの寸断箇所や、事前に設定した避難所への人の集まり具合などを把握する手がかりとして活用できる可能性があります(プライバシーに配慮した形で)。
- 緊急車両ルートの選定支援: 道路の冠水や寸断箇所を衛星画像から把握し、通行可能な緊急車両のルート選定を支援する情報としてGIS上で表示できます。
3. 応急対策・復旧活動支援
- インフラ被害の詳細調査: 電気、ガス、水道などのライフライン施設や、橋梁、ダムなどの被害状況を詳細に把握し、復旧の優先順位付けや計画策定に役立てます。
- 災害ごみ集積場所の検討: 広範囲の被害状況を踏まえ、効率的な災害ごみの収集・運搬計画を立てるために、集積場所の候補地選定やアクセスルートの検討に利用できます。
- 農地・森林被害の評価: 農業被害や森林の倒木、土砂流出による植生の変化などを広域的に把握し、復旧計画や補助金申請の基礎資料とすることができます。
導入に向けた考慮事項と自治体職員の視点
衛星データとGISの活用は非常に有用ですが、導入・運用にはいくつかの考慮すべき点があります。
1. 必要なデータと入手方法
- 衛星データの種類とコスト: 利用目的に応じて最適な衛星データ(解像度、センサー種別、取得頻度)を選択する必要があります。高解像度のデータや緊急撮影には費用が発生することが一般的です。国や研究機関が提供する無償データ(例: 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のALOS-2など)や、国際協力枠組み(例: Sentinel Asia)を活用する選択肢もあります。
- 既存GISデータの整備状況: 衛星データと重ね合わせるための基盤地図情報、建物データ、行政界データなどのGISデータが最新かつ正確に整備されている必要があります。
2. システムと技術的なハードル
- 必要なソフトウェア: GISソフトウェア(商用製品やQGISなどのオープンソースソフトウェア)に加え、衛星データの解析に特化したソフトウェアやツールが必要となる場合があります。
- 解析スキル: 衛星データの処理・解析には専門的な知識や技術が必要です。ノイズ除去、位置補正、画像分類、変化検出など、目的に応じた解析手法を習得した職員の育成、または外部の専門機関(コンサルタント、研究機関、大学など)への委託や協定締結を検討する必要があります。
- データ量と処理能力: 高解像度・広範囲の衛星データはデータ量が膨大になるため、データを保存・処理するためのコンピューターリソースやストレージが必要になります。クラウドベースのGISプラットフォームや衛星データ解析サービスを利用することも有効な選択肢です。
3. 体制と運用
- 部署間の連携: 防災課だけでなく、都市計画、建設、農林水産など、GISデータを活用している他部署との連携が重要です。データを共有し、共通のプラットフォームで分析することで、より多角的な視点からの被害評価や対策が可能になります。
- 費用対効果: データの購入費、システム構築費、運用費、人材育成費など、一定のコストが発生します。これらのコストと、衛星データ・GIS活用によって得られる迅速な情報、被害の軽減、復旧の効率化といったメリットを比較検討し、段階的な導入や特定の災害種別に絞った活用から始めるなどの工夫が求められます。
導入・活用のヒント:自治体での実践に向けて
- スモールスタート: まずは特定の災害(例:内水氾濫が発生しやすいエリアでの浸水域把握)や特定の目的(例:ハザードマップ更新のための地形変化把握)に絞って、小規模な pilot project から始めてみましょう。
- 外部連携の活用: 宇宙機関、大学、研究機関、衛星データ事業者、GISベンダーなど、外部の専門機関や企業と積極的に連携を図り、技術的な支援やデータ提供に関する情報を収集しましょう。共同研究や実証実験の機会を探ることも有効です。
- 既存資産の活用: 既にGISを導入している場合は、既存のGIS環境で衛星データや解析結果を取り込み・表示できるかを検討します。
- 職員研修: GISや衛星データに関する基本的な研修を企画し、担当職員のスキルアップを図ることが、長期的な活用には不可欠です。
例えば、ある沿岸部の自治体では、高潮・高波による越波リスク評価のため、航空レーザー測量データ(地形データ)と、過去の災害時の浸水域を記録した衛星画像をGIS上で重ね合わせ、脆弱箇所の再評価を行った事例があります。また別の自治体では、山間部での豪雨災害発生後、JAXAなどが提供する無償のレーダー衛星データを活用し、土砂崩れや河川の氾濫箇所を迅速に特定し、孤立集落への緊急物資輸送ルート検討に役立てています。これらは、必ずしも高度な専門家がいなくとも、外部のデータ提供者や解析サービスの協力を得ることで実現可能な応用例です。
まとめと今後の展望
衛星データとGISの組み合わせは、災害発生前のリスク評価から、発生直後の状況把握、そしてその後の応急対策・復旧活動に至るまで、自治体防災の様々な局面において、従来にない広範囲・高精度・迅速な情報提供を可能とする強力なツールとなり得ます。
導入にはデータコスト、システム、専門知識などのハードルが存在しますが、技術の進歩(より高頻度な衛星観測、AIによる自動解析など)や、データ提供・解析サービスの多様化により、これらのハードルは徐々に低くなりつつあります。
他の防災技術(例:リアルタイム気象予測、IoTセンサーネットワーク)から得られる情報と衛星データ・GISによる分析結果を統合することで、より精緻な被害予測や、状況に即したきめ細やかな避難誘導・応急対応が可能となるでしょう。
自治体におかれましては、自らの地域の災害リスクや既存の防災体制を踏まえ、衛星データとGISの活用がどのように災害対応力の向上に貢献できるのか、具体的な検討を進めていただくことをお勧めします。