予測技術で読み解く災害時のサプライチェーン途絶リスク:自治体防災への活用
災害時サプライチェーン途絶リスク予測とは
大規模災害が発生した場合、道路や港湾などのインフラが寸断されたり、工場や倉庫が被災したりすることで、必要な物資やサービスの流れが滞る「サプライチェーン途絶」が発生する可能性があります。これは住民生活や地域経済に深刻な影響を与えるだけでなく、自治体自身の災害対応に必要な物資・サービスの確保にも関わります。
近年、このサプライチェーン途絶のリスクを事前に予測し、対策に役立てようという技術開発が進んでいます。単に「モノが届かなくなる可能性がある」という漠然とした理解ではなく、どのような災害シナリオで、いつ、どこで、どのような品目が、どの程度滞る可能性があるのかを、データに基づいて具体的に推計することを目指しています。
この予測には、以下のような様々なデータが活用されます。
- 地理情報データ: 道路網、鉄道網、港湾、空港などの位置情報や容量情報。
- 企業・施設データ: 主要な工場、倉庫、物流拠点、小売店などの位置、機能、BCP(事業継続計画)に関する情報。
- 物流データ: 物資の種類ごとの一般的な輸送ルート、輸送量、リードタイムなどの情報。
- ハザードデータ: 地震の揺れ予測、津波浸水予測、洪水浸水予測、土砂災害予測など、インフラや施設が被災する可能性を示すデータ。
- 過去の災害データ: 過去の災害発生時のインフラ被害や物資供給の滞りに関する記録。
これらのデータを組み合わせ、災害が発生した場合の物流網への影響や、特定の品目の供給が維持できる期間などをシミュレーションすることで、リスクを定量的に評価します。
自治体防災におけるサプライチェーン途絶リスク予測の活用可能性
サプライチェーン途絶リスク予測は、自治体の防災計画や実働対応において、以下のような多様な場面での活用が期待されます。
- 住民生活維持計画の高度化:
- 食料、飲料水、医薬品、燃料、生活必需品など、住民が必要とする物資の供給がいつまで可能か、どの地域で特に不足が生じる可能性があるかを予測します。これにより、優先的に支援が必要な地域や物資の種類を特定し、効果的な広域応援要請やプッシュ型支援計画を策定する際の判断材料となります。
- 避難所や福祉避難所への物資供給ルートや到達可能性を予測し、開設・運営計画に反映させます。
- 物資備蓄計画の見直し・最適化:
- 予測に基づいて、地域特性(産業構造、交通アクセスなど)や想定される災害シナリオに応じた、より適切な備蓄品の種類、量、分散配置を検討できます。特定の物資が途絶しやすい場合は、備蓄量を増やしたり、代替品の確保を検討したりできます。
- 物資輸送計画の策定:
- 被災により寸断される可能性のある主要な輸送ルートや拠点を事前に把握し、代替ルートの検討や緊急啓開が必要な箇所を特定するのに役立ちます。
- 発災後の救援物資や応援部隊の輸送計画において、予測された物流状況を踏まえた効率的なルート選定や輸送手段の組み合わせを検討できます。
- 地域経済への影響予測:
- 地域内の主要産業や事業所のサプライチェーンへの影響を予測し、復旧・復興計画の優先順位付けや、事業者支援策の検討に活用できる可能性があります。
- 自治体BCPの強化:
- 自治体職員の活動に必要な資機材、燃料、食料などの確保ルートや、庁舎機能維持に必要な外部サービスの供給リスクを評価し、BCPの実効性を高めるための対策を検討できます。
- 住民への情報提供:
- 予測に基づき、物資の供給見通しや購入時の注意点などを、根拠をもって住民に伝えることで、混乱の抑制や冷静な行動の促進につながる可能性があります。
導入にあたっての考慮事項と課題
サプライチェーン途絶リスク予測技術の導入は、自治体防災力を高める potentential を秘めていますが、実務への適用にはいくつかの考慮事項や課題があります。
- データの確保と質:
- 予測の精度は、利用するデータの量と質に大きく依存します。特に、地域内の詳細な物流情報や企業のBCP情報は機密性が高く、収集・整備に時間やコストがかかる場合があります。
- データの更新も重要であり、常に最新の情報を維持するための体制が必要です。
- 技術の理解と運用体制:
- 予測モデルの仕組みや限界を理解し、得られた予測結果を適切に解釈できる職員の育成が必要です。
- システム導入後の運用コストやメンテナンス、データの継続的な収集・更新にかかるリソースも考慮する必要があります。
- 予測結果の活用方法:
- 予測はあくまで可能性を示すものであり、不確実性が伴います。予測結果をどのように具体的な防災計画や意思決定に落とし込むか、明確な基準やプロセスを定めることが重要です。
- 他の災害予測情報(被害予測、交通影響予測など)と組み合わせて活用することで、より総合的な判断が可能になりますが、異なるシステムの連携が必要となる場合があります。
- コスト対効果:
- 高度な予測システムやデータ収集には相応のコストがかかる場合があります。得られる予測精度や活用範囲、それによって回避できる被害や効率化される業務など、コスト対効果を慎重に評価する必要があります。
自治体における活用事例(例)
例えば、海岸沿いに工業団地と住宅地が混在するある自治体(架空)では、大規模地震による津波発生時のサプライチェーン途絶リスク予測システムを導入しました。
このシステムでは、津波浸水予測データと地域の道路・港湾情報、主要企業の物流拠点・倉庫情報を組み合わせることで、発災後数日間にわたり、食料品や燃料などの生活必需品がどの地域でどの程度不足するかを予測できるようになりました。
この予測結果に基づき、自治体はこれまで全域で一律に行っていた備蓄計画を見直し、浸水リスクが高く、かつ孤立の可能性のある沿岸部の避難所への備蓄量を増やし、内陸部の拠点に分散配置しました。また、予測される孤立期間に応じて、ヘリコプター等による緊急物資輸送計画の具体的なルートや必要量を事前に検討しました。
さらに、発災時には予測システムから得られる情報をもとに、住民向けに「〇〇地域では今後△日間、食料品の入手が困難になる可能性があります」といった具体的な情報を提供し、冷静な行動を促すための情報発信計画にも役立てています。
まとめ
災害時サプライチェーン途絶リスク予測技術は、自治体が災害発生時に直面するであろう物資供給の課題に対し、データに基づいた具体的な対策を講じるための強力なツールとなり得ます。住民生活の維持、効果的な物資備蓄・輸送計画、そして自治体自身のBCP強化に貢献する可能性を秘めています。
技術導入にはデータの整備や運用体制の構築といった課題も伴いますが、まずはどのようなデータを収集できるか、どのようなリスクを把握したいのかを具体的に検討することから始めるのが良いでしょう。他の自治体の先行事例(情報公開されている場合)なども参考にしながら、自地域にとって最適な活用方法を探ることが重要です。災害予測ウォッチでは、今後もサプライチェーン関連の予測技術動向についてお伝えしていく予定です。