災害予測の不確実性を理解する:自治体防災担当者が知るべき限界と活用法
はじめに:進展する予測技術とつきまとう「不確実性」
近年、AIやビッグデータ、IoTセンサーといった先端技術を活用した災害予測技術は目覚ましい進展を遂げています。これらの技術は、より迅速に、より詳細に、そしてより高精度に、未来の災害リスクを示唆する可能性を秘めており、多くの自治体の防災担当職員の皆様から大きな関心が寄せられています。
しかし、どんなに高精度な予測技術をもってしても、「予測」である以上、必ず「不確実性」が伴います。つまり、予測は確率的なものであり、常に誤差や限界が存在するということです。この不確実性を正しく理解し、実務にどう組み込んでいくかは、予測技術を効果的に活用し、自治体の防災力を向上させる上で避けて通れない重要な課題です。
本稿では、災害予測における不確実性とは具体的に何を指すのか、それが自治体防災の実務にどのような影響を与えるのか、そしてこの不確実性を考慮してどのように予測情報を活用すべきかについて解説します。
災害予測における「不確実性」とは
災害予測における不確実性とは、予測される現象(例:降雨量、水位、揺れの大きさ、浸水範囲など)の発生時期、規模、場所などが、ある幅や確率をもってしか示せない性質を指します。予測が不確実となる主な要因は以下の通りです。
- モデルの限界: 予測は、現実世界の複雑な物理現象を単純化した数理モデルに基づいて行われます。このモデル自体が現実を完全に再現できるわけではなく、近似や省略が含まれるため、誤差が生じます。
- データの限界: 予測の基礎となる観測データ(気象データ、地形データ、過去の災害データなど)には、観測網の密度やセンサーの精度、欠損などによる限界があります。また、将来の社会状況の変化を完全に予測することは困難です。
- 自然現象の固有の変動性: そもそも、自然現象そのものに内在する予測不可能なランダムな要素や、カオス的な性質も不確実性の原因となります。
これらの要因により、予測結果は「〇〇日の〇時頃、××川流域で浸水深〇〇cm以上の可能性がある(確率〇〇%)」のように、確率や範囲を伴って示されることが一般的です。そして、時には予測が大きく「外れる」(予測された事象が発生しない、あるいは予測とは異なる規模や場所で発生する)ことも起こり得ます。この「外れ」も、不確実性がもたらす一つの側面と理解する必要があります。
不確実性が自治体防災実務に与える影響
災害予測における不確実性は、自治体の防災実務の様々な側面に影響を及ぼします。
- 防災計画策定: ハザードマップやリスク評価は、過去のデータや現在の知見に基づいた予測モデルから作成されますが、これらも将来の気候変動や地形変化などを完全に織り込めるわけではありません。計画策定においては、想定を超える事象が発生する可能性(不確実性)を考慮する必要があります。
- 避難判断・避難情報発令: 災害発生が差し迫った状況で、予測情報に基づいて避難指示などを発令する際、予測の確度が判断を難しくする場合があります。「空振り」(予測された災害が発生せず、住民が無駄に避難してしまう)を恐れるあまり、発令が遅れてしまうリスクや、逆に「見逃し」(予測を過小評価し、必要な避難が遅れる)のリスクが生じ得ます。
- 住民への情報伝達: 予測に伴う確率や幅、あるいは「外れる可能性」といった不確実な情報を、住民に分かりやすく伝えることは容易ではありません。「まだ確実ではない」という情報が、防災行動を遅らせる要因となる可能性も考えられます。
不確実性を考慮した災害予測の活用ポイント
予測の不確実性を前提とした上で、自治体職員が防災実務において予測技術を効果的に活用するためのポイントをいくつかご紹介します。
1. 不確実性の表現方法を理解する
予測情報が「確率」「幅」「可能性」といった形で示される意味を正確に理解することが基本です。提供される予測システムの仕様を確認し、示される数値や表現が何を意味するのかを把握しておく必要があります。
2. 複数の情報源を組み合わせる
特定の予測モデルや情報源だけに依存せず、複数の異なる予測情報(例:気象台の予報、河川管理者の水位予測、大学や研究機関のシミュレーションなど)や、現場のリアルタイム情報(例:河川水位計、雨量計、住民からの通報など)を組み合わせて総合的に判断することが重要です。これにより、単一の予測が持つ不確実性を補完し、より確度の高い状況認識に繋げることができます。
3. 判断基準に不確実性を組み込む
予測の確度に応じて、発令基準や対応レベルを多段階に設定することを検討します。例えば、予測確度が比較的低い段階でも早期注意情報を出し、確度が高まるにつれて警戒レベルを引き上げるなど、不確実性の高いうちから段階的に対応を始めることで、リスクを管理します。
4. リスクコミュニケーションを工夫する
住民に対し、予測には不確実性が伴うことを正直に伝えるとともに、なぜ避難が必要なのか、予測が外れた場合でも避難行動が無駄ではない理由などを丁寧に説明する努力が必要です。ハザードマップが「最悪のケースを想定した可能性のある範囲」を示すものであることなど、防災情報の性質についても平時から分かりやすく伝えておくことが、住民の理解と信頼を得る上で不可欠です。
5. 「空振り」を過度に恐れない判断
特に人命に関わる避難判断においては、「空振り」を過度に恐れるべきではありません。状況が悪化する可能性が予測される場合、不確実性があっても早めに避難情報を発令する勇気ある判断が求められます。過去の災害事例から学び、安全側の判断基準を持つことも重要です。
6. 継続的な検証と改善
導入した予測システムから得られる情報が、実際の災害状況とどのように異なったのかを継続的に検証し、予測の癖や限界を把握する努力が必要です。この検証結果を、今後の予測情報の解釈や活用方法、さらにはシステム提供者へのフィードバックに活かすことで、予測技術の更なる実務への適合性を高めることができます。
他自治体の取り組み事例(架空事例)
ある自治体では、大規模な河川氾濫予測に対して、予測システムの示す「浸水範囲」情報をそのまま避難指示の対象エリアとするのではなく、予測の確度や、過去の災害時の浸水状況、地形、避難経路の安全性などを総合的に判断した上で、独自の判断基準に基づく避難エリアを設定しています。また、住民向けには、ハザードマップはあくまで「可能性」を示すものであり、テレビやラジオ、自治体の発信するリアルタイム情報などを確認し、周囲の状況も踏まえて主体的に避難行動をとる必要性を繰り返し周知しています。
結論:不確実性を理解し、賢く活用する
災害予測における不確実性は、予測技術の限界であると同時に、その性質そのものです。この不確実性を無視することはできませんが、過度に恐れる必要もありません。
重要なのは、不確実性を正しく理解し、それを前提として、複数の情報を組み合わせ、判断基準に組み込み、住民と適切にコミュニケーションをとるなど、実務上の工夫を重ねていくことです。
予測技術は進化し続けますが、最終的な防災行動を決定するのは自治体職員の皆様です。予測の不確実性という側面と向き合い、賢く予測情報を活用していくことが、地域防災力のさらなる向上に繋がるものと確信しています。